北斗の拳生誕30周年記念特別インタビュー

北斗の拳生誕30周年記念特別インタビュー北斗語り北斗語りとは

日本マンガ史にその名を刻む名作「北斗の拳」が2013年、連載開始「30周年」を迎える。
この記念すべき年を意義あるものにすべく、原作の公式親善大使が豪華ゲストを迎えて対談。
これまで語られてきた北斗、語られていない北斗。
北斗に魅せられし者たちが届ける大型新連載、愛深きゆえに行われる。

名越康文

名越康文

VOL05名越康文

だから、そういう中で巨大な馬に乗って兜を被って現れる拳王は、まるで異民族なんですよ。異質な人間が突然、社会の中に現れる。そして異質な文化や異質な力で人々を制圧する。そういうイメージを大事にしていたのかもしれないんです。

──なんだコイツ。馬に乗って不気味だ。無表情で怖い。南斗の連中みたいにオラオラ系じゃない。雰囲気作りによるイメージ戦略ですね。

拳王は『自分の歴史以前に歴史は無い』というタイプ。つまり過去の歴史を断絶してるんです。それはなぜかというと、北斗神拳伝承者にケンシロウが選ばれたから。もっと言えば、天才拳士だったトキに対する劣等感もあったハズ。

──柔の拳は剛の拳に劣る、生ぬるいみたいなことを言いつつも、トキの構えを見たりすると『ほう…』とか言って感心するというか、間違いなく技量は認めてますからね。

だから、ケンシロウに伝承者争いで敗れトキに劣等感を持つラオウは生まれ変わりたくて拳王になった。拳王は、いきなり現れた唯一無二の存在。まさに天上天下唯我独尊のスタイルで、新たな自分を創り上げていったと。

──ラオウは北斗神拳の伝承者になれなかった人。でも拳王は違う。北斗神拳をも踏み台にし最強の座を目指す男であると。

ただ、そんな中でケンシロウとのクライマックスを迎え、無想転生を目の当たりにする。あの時、めちゃめちゃ動揺してるでしょ?(※8)

【※8】ラオウの動揺
ケンシロウとの闘いに挑んだラオウ。しかし攻撃を仕掛けた際、ケンシロウは実体を空に消し去り攻撃を回避。さらにトキの拳やレイの拳も見せ、それが究極奥義の無想転生であることを悟る。未知の奥義に我を失ったラオウは自然と身体を震わせ、生まれて初めて「恐怖」を知ることに。

 

──してますね。まさかケンシロウが北斗最強の伝承者なのか。動揺した挙げ句、初めて恐怖を知る。

あれ、僕はケンシロウに対する恐怖じゃなかったと思うんです。

──え? ケンシロウが想像以上の成長を見せたからではなく?

あれね。僕の中では、無想転生なんですよ。それを見たことで、ラオウの中で無想転生という奥義が人格化してしまった。そして、彼を悪夢のように苦しめた。

──なるほど。ラオウの焦りはケンシロウに向けてではなく、未知の奥義を目撃した焦りであると。

後にラオウも体得するんだけど、最初にケンシロウが体得し、目の当たりにした時点で、ラオウは歴史に負けたんです。北斗神拳1800年の歴史にね。自ら覇業のひとつという位置づけにした拳法を、完全な踏み台にできてなかったワケですから。

──いや~。なるほど。俺は北斗神拳を極めてなかったのかと。

そうすると、黒王号という存在が再びクローズアップされるワケ。馬って車やバイクが発明される前の、本当に古い時代の乗り物で、強さの象徴でもありますよね。

──はいはい。戦国武将とか昔の皇帝とか、そういう感じですよね。ていうか、考えてみたら兜も…。

そうそう! 兜もそうだね!

──しかも、それらは拳王と名乗るようになってから取り入れた感じですよね。現代的ではなく古い時代のスタイルで拳王を表現した。

歴史を捨てた男が、歴史性を身にまとう。これはある著名な経済人類学研究者の方の話なんですが、矛盾するふたつの文化が絶えず争ってる時にこそ最高のパフォーマンスが生まれるというんですね。拳王に置き換えると、北斗の歴史を捨てつつも馬に乗って兜を被り、歴史性を身にまとっている。つまり矛盾する二つの考え方が彼の中で闘ってるんです。

──無意識にそうなったのか、もしかすると狙いがあったのか。

北斗神拳という、ある種の文化を否定するにはパワーが必要。さらに馬や兜といった戦国武将、あるいはそういう時代の文化を徹底的に取り入れているので、それに使うパワーもいる。この二重構造こそが、さっきの研究者の方の理論なんです。

──すいません。話を戻してしまいますが、ラオウは修羅の国から来てますよね? さっき先生が『まるで拳王は異民族だ』と言われましたけどそういう意味で言えば、故郷からして異国。まさに異民族と…。

あ~。そうだ! うんうん。つまり南斗聖拳が構築された場所、北斗神拳が構築された場所。もっと言えば国が違う。そこまで考えれば、二重構造どころか三重構造くらいあるかもしれませんよね。つまり、北斗の拳は構造が幾重にも重なっているということなんですよね。

──修羅の国だからこそのラオウの価値観もあるでしょうね。もっと言えば、修羅の国では馬や兜というものが王者の証だったのかも。

うん! ありえる! つまり、これそこが妄想を通り越した読み解きなんですよ。僕もあれこれ喋りましたけど、ガル憎さんに言われて出てきた考えも沢山あります。ひとりだとこの考えには至らなかったワケですから、ここまで話しただけでも、北斗の拳という作品が、昨日よりは人類学的になりましたよね。

──いや~。先生にそう言ってもらえると嬉しいですね。

正直こんなのありえないですよ、他のマンガで。拳王とサウザーの対比なんて、論理的に整合性のある構造になってますからね。

──ええ。話してて本当に面白かったです。だから、まだまだ話していきましょう!

「北斗語り」始まって以来の緊急事態
次回「後編」として引き続き語らう

対談という名の「本文」が随分と締まりの無い終わり方をしていることに、読者諸君は気づいただろうか? 私は気づいている。なぜなら、締まりが無いのではなく、先生の話が面白すぎて「締めたくなくなった」…そう。今回で終わらせるのが嫌になったからだ。毎回、さまざまな著名人の方と語り合い、その度に断腸の思いで一部の対談をカットしているのだが、今回は普段よりも長く語り合ってしまい、語り合いながら「絶対に入りきらないよな~」と思い、思いながら「でも話が楽しいから続けたいんだよな~」と。長々と説明させていただくと、そういうことなのである。

Interviewer ガル憎
フリーライター。1974年1月4日、広島県に生まれる。北斗の”第一世代”とも称される生粋の団塊ジュニアかつ原作の公式親善大使で、広島東洋カープファン。原哲夫らとの交流も深く、映画「真救世主伝説 北斗の拳 ZERO ケンシロウ伝」のエンドロールにも名を刻む。好きなキャラクターは、トキ。